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西研コラム

〈第8回〉リコウじゃない


2017年8月30日

国民栄誉賞というのがありますね。その趣旨は、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」ことだという。
過去の受賞者を面倒を厭わず列挙(順不同)してみると、王貞治(1977 年、当時の福田赳夫首相が授与し、これがこの賞の始まりとなった)、古賀政男、長谷川一夫、植村直己、山下泰裕、衣笠祥雄、美空ひばり、森光子、黒澤明、高橋尚子、遠藤実、千代の富士、藤山一郎、服部良一、渥美清、森繁久彌、吉田正の17人の名が登場する。
この名前を見て何かおかしいと感じませんか?スポーツ選手、大衆芸能関係者ばかりで、学者や研究者が入っていない。
ノーベル賞受賞者などは、上記の授賞趣旨から言っても栄誉賞の対象者になっていいと思うのだが、これまでのところそのような発想はないようだ。古賀とか服部のような歌謡曲の作曲家には与えても、世界的なクラシック音楽の作曲家だった武満徹はなぜ対象にならなかったのか。演奏家にしても小澤征爾はどうなのか?美空ひばりを顕彰すれば内閣の人気は上がるかもしれないが、クラシック畑の人を表彰しても人気には影響しないから?

昨年の6月から7月にかけて行われた南アフリカで行われたサッカーのワールド・カップでは、日本チームはベスト16にやっと入ったけれど、言葉は悪いが、「それが何ぼのもんじゃい」というのが、私の正直な感想だ。しかし、帰国した選手達は凱旋将軍のような出迎えを受け、何人かの選手に対しては、その出身地から名誉県民賞とか市民賞が授与されたという。たかがベスト16でですよ!!
昨年、ノーベル化学賞が日本人2人に授与された。喜ばしい限りだ。世界ではこのように評価されている日本の研究開発の成果だが、翻って、国内ではどうなんだろうか?今回受賞のお二人が、国内で国とか地方自治体からこれまでに顕彰されたことがあるという話は寡聞にして知らない。サッカーならベスト16に入ることが計り知れないほど「社会に明るい希望を与える」から表彰するが、ノーベル賞くらいでガタガタ言うなということなのだろうか?
田中耕一、白川英樹、野依良治の各氏にも、ノーベル賞受賞後に慌てて文化勲章や文化功労賞を贈っている。国内ではまったく評価の対象にならず、世界が認めると慌てて追認する。恥ずかしくないのか!
マリー・キュリー(いわゆるキュリー夫人)が夫の事績について記した『ピエール・キュリー伝』に、「学者の貴い天賦に対して、学者の人類に貢献する壮大な奉仕に対して、我々の社会が学者へ提供する報償はいかなるものでありましょうか」と書いているが、日本などはその最たるものだ。

 

このような事実を見ていると、どうも政府(今に限らず昔から)は科学技術に対して理解がないとしか思えない。丸の内のOAZOというビル内にあったJAXAのショールームが、無駄だといってつい最近閉鎖された。例の仕分けでそう宣告されてしまったのだ。赤字だからというのがその理由だが、入場料を取っていないのだから赤字は当たり前だ。しかし、現金収入でカウントできるような利益はなくても、子どもや若い人たちに科学技術の素晴らしさを教え、理科離れを改善でき、日本の技術力再生の一助になるという、目に見えないかもしれないが非常に大きな利益を生んでいる。現に、「はやぶさ」関連の展示をやったときには、長蛇の列ができ、入館までに何十分も並ばねばならなかったほどだ。
だから、仕分け人が閉鎖の結論を出したとき、政府が「科学技術に対するJAXAによる宣伝効果は大きい」と言って救いの手を差し伸べるべきだった。ほら、昔からよく言うでしょう、“JAXA救済”って。
OECDが世界の57カ国・地域を対象に実施した「生徒の学習到達度調査2006(PISA2006)というのがあり、その中にショッキングな報告がある。「30歳になったときに科学技術に関係した仕事(日本でいうところの理系の職業全般にあたる)に就いていると思いますか?」という質問に対して、イエスと答えた日本の高校一年生はわずかに7.8パーセントしかおらず、参加した57カ国・地域(世界平均は25.2パーセント)中最低だったことだ。いかに理科離れがひどいことになっているかが分かる。ワースト 1 位となったモンテネグロの16.2 パーセントを、断然引き離しての最下位という数値の意味は重い(渡辺政隆『一粒の柿の種』岩波書店)。

中国を見ると、以前から党や政府のトップに、理工系の人がずらりと並んでいて、技術開発にずいぶんと力を入れている。日本でも鳩山前首相(東大工学部、応用物理・計数工学科)、菅首相(東京工業大学理学部、応用物理学科)と2代続いて理系の宰相が続き、私も多少はサイエンスの対する見方が変わってくるのではと期待をしたが、依然として技術に対する理解は政府にはない。だから私はいつも言うのだ。「彼らは理系かも知れないがリコウではない」と。
こうやって政府を批判していてもまったく見向きもされず、腹が立つばかりだから、カミサンについ当たってしまう。植松黎編『ポケットジョーク②』(角川文庫)にあるように、
   すべての男は妻をもつべきである。ときには、政府のせいにできないものも必要だからだ。
を実践しているわけですよ。


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