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西研コラム

〈第11回〉ニュースに騙されない


2017年8月30日

こんな笑い話がある(秋田 実『ユーモア辞典①』文春文庫)。

先生が生徒に動物や小鳥にみだりにキスをしてはいけないと注意を与え、「皆さんの中で、こんな事をするのがいかに危険であるかと言う例を知っている人は手を挙げて」と言った。
すると、一人の生徒が手を挙げて、
「はい先生、私の叔母さんは、いつも犬にキスしておりました」
「で、どうなりました?」
「犬は死んでしまいました」

 

 

オウム病(鳥やペットが媒介する伝染病)を逆手にとったジョークだが、こんな事件がもし本当に起こり、テレビのニュースで取り上げられたら、ソフトバンクのCMに出てくる白戸家(ホワイト家)なんか大騒ぎになるよ、きっと。なにしろ犬が一家の主なのだから。

 

 

ダン・ガードナー著『リスクにあなたは騙される』(早川書房)という本がある。それほど危険でもないことが、どのようにして増幅されて「非常に危険」だと一般の人達に意識付けられてしまうかを解き明かしている(いい本なのだが、訳文が拙くて、頭にすっと入ってこないのが玉に瑕)。
それによると、このジョークにあるような事件がもしニュースとして犬の社会に流されると、人間にキスされるた犬がオウム病になり、死に至るリスクが非常に高いと犬たちに重大視されるようになるというのだ。反対にニュースに取り上げられなければその出来事は軽視される。
たとえば、米国で実施された調査では、病気が原因で死ぬ場合と何かの事故に遭って死に至る場合とどちらが多いと思うかとの問いに対し、大部分の人が死因としては両者はほぼ同じくらいだと答えたそうだ。しかし実際には、病気が事故の約17倍の死をもたらしているのだ。また、同じ調査で、車の衝突事故死者数は糖尿病による死亡者の350倍だという回答が得られたが、衝突事故による死者数は糖尿病の1.5倍というのが事実だった。事故はニュースになるが、病死や糖尿病はゴールデン・タイムのTV ニュースでは取り上げない。だから、衝突事故の危険率を過大に見積もり、糖尿病などは過小評価されてしまうということになる。

 

 

ある死因についてのニュースの数をそれがもたらした死者数と比較することによって、「ニュース1件当たりの死者数」を算出し、「ニュースになるためには、何人の人がその病気によって死ななければならないか」がイギリスで調べられた。その結果、たとえば、喫煙による死者は、8571人にならないとBBCニュース番組で報道されない、つまり、喫煙の害がニュースとして取り上げられるためには8000人以上の人が死ななければならない。これと対照的なのは新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)で、BBCのニュースになるためには、わずか0.33 人の死しか必要なかった。すなわち1人が亡くなるだけで、3度も報道される。だから、イギリスでは、2万6千倍もの死者を出している喫煙よりも狂牛病を恐れるという事態になり、牛肉を食べる人が激減した。逆に言えば、喫煙リスクは過小評価され、喫煙人口は一向に減らなかった。

 

 

専門家がはじき出すリスクの度合いより、素人(一般の人)が危険度を高く見積もってしまう要因としてガードナーは18項目を上げているが、ここではその主なものをいくつか紹介しよう。こんな話しを始めたのは、昨今の放射能の対する反応があまりにも極端に走り過ぎていると感じるからだ。上に書いたように、この本の訳文はこなれていないので、私なりに理解したところを以下に記すことにする。

1.メディアが扱う頻度が多いほど、素人は危険だと思い込む(これは狂牛病の例でも明らか)。
2.子供が関与するとより深刻になる(放射能関連のテレビ・ニュースを見ていると、子供を抱いた母親に必ずインタビューし、子供が心配だと言わせている)。
3.技術の仕組みが理解できないと、よけいに心配になる(セシウムだプルトニウムだと言われてもよく分からない。ベクレルとかシーベルトって何?)。
4.リスクが次世代に脅威を与えると言われると、余計に心配になる(これは2に通じるものがある)。
5.被害の可能性が自分で制御できるレベルを超えていると感じたとき(たとえば、飛行機の乗客はリスクを自分では制御できないが、車の運転なら制御可能と考え、飛行機をより危険だと考える。実際には車の事故による死者の方がはるかに多いのに。原発放射能は自分でコントロールできるわけがない)。
6.関係している機関が信用できないと不安が増す(原発事故では政府も東電もまったく信用できない)。   7.過去に似たような良くない事故があった(スリーマイル島、チェルノブイリ)。
8.人工のリスクは自然由来のものよりリスクが大きい(原発事故はまさに人工のリスクだ)。

 

 

今回の原発問題への国民の反応にあまりにも当てはまっているので驚いてしまう。もっと冷静なリスク評価が必要なのではないかと思わざるをえない。私などの世代は1945年から1960年代半ば頃まで、主として米、英、ソの三カ国が行った大気中での核実験による放射能を浴び続けてきた。当時は、半減期が極めて長いプルトニウムもじゃんじゃん降ってきた。それでも日本国民は誰も放射能の影響により健康被害を受けていない。もちろん、間近で放射能を浴びた第五福竜丸は別ですよ。死者が出るほどの被害を受けた。でも、日本国内では結局、ほとんど影響が出なかった。 チェルノブイリでも、事故直後に直近で放射能に曝された人を除けば、その後 25 年が経っているけれど、健康問題は起こっていないという。ただ、さらにこれから25年後どうなるかは分からない。放射能問題というのはそのあたり、「大丈夫です」と言い切れないもどかしさがあるのは認めるが・・・・。

 

 

上の8項目の中でもとくに、メディアの対応が大きな問題だ。ガードナーは次のように言っている。「メディアは恐怖で儲ける。恐怖により、新聞の売り上げが伸び、視聴率が上がる。だから、劇的なことやぞっとさせること、感情に訴えることなど、最悪の状況が全面に押し出される。逆に、本当のところはそれほど恐れる必要はないとか、不安にさせるものではないと示唆することは、メディアには軽視されるか完全に無視される」 私の仕事に関係したことで言えば、「画期的な電池材料が開発された」などという記事が新聞に出ることがあるが、いいことずくめで問題は何も無いような書き方がされる。しかし、必ず課題や欠点があるものなので、知り合いの記者に「なぜ問題点を指摘しないのか」と訊いたことがある。答えは、「そういうことを書くと、編集長に削られる」だった。売り上げを伸ばすにはセンセーショナルな方がいいというのです。

 

 

ひと頃、「環境ホルモン」「ダイオキシン」「イタイイタイ病」などについて、連日のようにマスコミが騒ぎ立てたことがありましたね。「環境ホルモン」などはその最たるもので、「環境ホルモンによってあなたの息子さんが女性化し、孫が出来なくなるかもしれませんよ」などと、メディアが市民を脅していたのを覚えておられるでしょう。おかげで、我々は代表的な環境ホルモン物質であるビスフェノール A(プラスチックの可塑剤です)を摂取してはダメだと、プラスチック製の食器にずいぶん気をつけたものだ。あれだけメディアが危険だ、危ない、と言い立てれば誰だってそうせざるを得ない。
ところが、近頃は、新聞もテレビも上記の3つの環境問題については押し黙ったままだ。当時、マスコミに煽られるように声高に関連企業などを非難・批判していた環境団体も主婦連も今はダンマリを決め込んでいる。なぜだろうか?それは、いずれの物質も現在の環境レベルでは彼らが言い立てたような危険性(リスク)がほとんどないということが分かったからなのだ。
しかし、マスコミも環境団体も、「我々が間違っておりました。お騒がせしました。ゴメンナサイ」とは決して言わず、何もなかったかのように口を拭っている。こういうところも、メディアの対応はおかしい。

 

 

牛肉のセシウム汚染問題も過剰反応に思えて仕方がない。専門家によれば、毎日200 gのステーキを 200日間食べ続けても問題ないという。我家などは、100g程度のステーキすら数ヵ月に一度しか食べさせてもらえないから、まったく問題外。しかし、これとて、25年後、50年後に何も起こりませんかと言われれば、答えようがない。

 

 

ある計算によれば、テロリストが1週間に1機のジェット旅客機を米国内でハイジャックして激突させたとしても、1年間毎月1回飛行機を利用する人がハイジャックで死ぬ確率は、わずか13万5千分の1であり、車の衝突で死ぬ年間の確率6000分の1と比べれば些細な危険率と言える。しかし、アメリカ人は飛行機は危険だと感じ、9.11以降、車で移動する人が増えた。
ベルリンのマックス・プランク研究所の心理学者ゲルド・ギゲレンザーは、9月11日のテロ攻撃前の5年間とその後の5年間の移動手段と事故死の数字を比較した論文を発表した。
この論文によると、米国人の飛行機から車への移行は1年間続いた。その後、交通パターンは通常に戻った。また、予想通り、米国の路上での事故死は2001年9月以降急増し2002年9月に通常に戻った。これらのデータから、飛行機から車への切り替えの直接の結果として車事故で死亡した米国人の数をギゲレンザーは算定した。その数は1595人だった。この人達は、従前通りに飛行機で旅行していれば、死なずに済んだ確率が極めて高いということだ。
牛肉が危ないからと食べないでいて、栄養の偏りによる健康被害が増えれば、なんだかこの話しに似てくる。


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