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西研コラム

〈第18回〉アインシュタインとモンロー、どちらがお好き?


2017年8月30日

この絵をご覧になった貴方、誰を描いたとものだと思いますか? 近眼でない方なら、アインシュタインに見えるでしょう。近眼の方でも眼鏡をかけていれば、やはりアインシュタイン(余計なことだが、中国語では愛恩斯担と書く)ですよね。

 

もし、貴方が近眼あるいは老眼でしたら、眼鏡を外して裸眼で見て下さい。どうなりましたか? マリリン・モンローに早替りしませんでしたか? ついでに書いておけばモンローは中国語では「夢露」、キム・ノヴァクは「猫女」と書く。気の毒(?)なのはエリザベス・テイラーで、「玉婆」と書くのだそうだ。中国では「婆」という文字を、年配の女性に対して尊敬の心を込めて使うという。だったら、これからは、女房を「婆」と呼んでも大丈夫だね。
話しを戻そう。目が正常な人は、目を細めるか、あるいは少し離れて(または両方のやり方を併せて)この絵を見れば、モンローが微笑み返してくれ、あの腰をセクシーに振って歩いた、いわゆるモンロー・ウォークを思い浮かべることができるはずです。またまた、余計なことを付け加えれば、モンローは片方のヒールを短くして歩くことによって、モンロー・ウォークを身につけたという(何事も努力!)。

 

 

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このように見方によってまったく違って見えるものがあるんですね。言い方を変えれば、違う側面を持つもの、違った解釈ができるもの、そういったものが世間にはよくある。
ところが、新聞とかテレビなどのマスコミは、そういう場合でもある一面しか伝えない。その典型が、このコラムで以前にも書いた「環境ホルモン」の問題がそうでした。マスコミは「環境ホルモンのせいで、将来、あなたの息子さんが女性化して、孫ができなくなる恐れがある」などと言い募った。ところが、「環境ホルモンなど、危険性はほとんどない」という論もあったにもかかわらず、マスコミはそれについては完全無視を続けた。
現在では、「環境ホルモンという言葉を発するのさえ恥ずかしい」と環境関連の研究者が言うほどで、当時のマスコミの対応はまったくの空騒ぎだった。
「ダイオキシン」「イタイイタイ病」の問題も同様の道筋をたどった。しかし、マスコミは「あの報道は間違いでした」と詫びることさえせずにいる。
ここに掲げた絵に絡めて言えば、マスコミがこの絵をアインシュタインだと認定してしまえば、「モンローに見えるけど」という意見など「そんな馬鹿な」と言って、歯牙にもかけないでしょう。

 

 

なぜ、マスコミはこのように一つの側面しか見ずに、騒ぎ立てるのか。「環境ホルモンなど問題ではありません」、つまり、「モンローにも見えます」という別の側面からの報道がどうしてできなかったのか? そんなマスコミの態度の対し、私は「死の谷」を持ち出して説明することができると思う。
アメリカの death valley (日本語では「死の谷」と言う)のことはご存知でしょう。カリフォルニア州にある盆地状の砂漠で、谷床は北アメリカで最も低い所と言われ、標高マイナス86mだという。夏の日中は猛暑で、58℃ という記録がある。1849年に金鉱探査の一隊が迷い込み、死ぬほどの苦難の末に脱出したという逸話があって、それが「死の谷」という名前につながった。
ビジネスでも「死の谷」というものが存在するということがよく言われる。典型的な例では、研究開発がうまくいき、その成果をもって「さあ事業化しよう」というときに遭遇する問題を言いますね。多額の設備投資が必要だとか、新規の製造技術が要るなどの理由から、せっかく開発が成功したのに、事業化が見送られることがしばしばある。この状態に陥ると、そのテーマは死を待つしかない。つまり、「死の谷」に迷い込んだというふうに表現される。
しかし、私がよく言うのは、研究開発において、この「死の谷」よりも始末に悪い困りものは、「止(シ)の谷」だということです(雑誌「研究開発リーダー」 vol.4(2008),No.10,p.24に拙文を書いたことがあるので、参照されたい)。
企業で、たとえば研究開発の分野で何か新しいことを始めようとすると、「いつ完成するんだ?」「いくら儲かるんだ?」「そんなことやってもしようがないだろう」などと言って止めさせられることが多い。これを私は「死の谷」より怖い「止の谷」と呼んでいるんです。
では、なぜ「止の谷」がはびこるのか? 私の考えはこうです。何か新しいことをやりたいという部下にゴーサインを出した場合、それがもし失敗に終わってしまったら上司は責任を問われますよね。ところが、「やるな」と言っておいて、その結果、他社に遅れをとったとしても、責任をとらされることは先ずなく、うやむやのうちに終わってしまう。ということは、何もしない、何もやらせないほうが、責められることが少ない、よって、身の安泰がはかれる、ということになり、取り敢えず止めておこうと言っておいた方がいいという考えになるのではないか。
同様の発想がマスコミにもあると思われる。「環境ホルモンは安全」だと報道して、万一、危険だということになれば、あのとき、***新聞は安全だと言ったではないか、と責められる。「モンローに見える」と言うと、「あれはアインシュタインだろう。さては、お前は女好きだな」と言われかねない。
しかし、危険だ、危険だと言い立てておいてそれが間違い、つまり安全だったとしても、ほとんど責められない。現に、さきほど上げた、ダイオキシン、イタイイタイ病も含め、危険を言い立てたマスコミに対してクレームを言う人はいない。だから、「危険だ」という報道のほうがどうしても前面に出てしまう。

 

 

昨今の原発の問題も、別の見方もあってもいいと思うのだが、「危険」というキー・ワードでしか報道されない。
そもそも、火力発電だと炭酸ガス排出による地球温暖化の問題があるとして、原発推進の方向に向かったことは否めないでしょう。だから、2009年9月22日に国連で、「日本は炭酸ガス排出量を25% 削減する」と鳩山首相が大見得を切ったわけだが、同じ人物が、最近の原発反対集会で「原発を止めるように政府に働きかける」と正反対のことを平気で言う。
もっとも、私の立場は「炭酸ガス=温暖化主犯」説には反対(本コラムにも書いたことがある)なのだが、それはさておき、原発も危ないからダメだとなると次はどのようなエネルギーを使おうというのでしょう?
火力発電のコストを大雑把に見積もると、設備費10%、燃料費90%だという。一方、原発の場合は、逆に燃料費10%、設備費90%になる。火力発電だと燃料費つまり発電コストがアップになるのは当然なのだが、それよりも深刻な問題があって、もし、原発を停めても、廃炉にしない限り、90%という非常に大きな設備費の負担は残るので、電気代にそっくり跳ね返ってくるということなのだ。しかも、廃炉にはものすごいコストがかかる。現実的なのは、原発を稼動させて、入ってくる金(電気料金)を使って廃炉を実現するという戦略ではないかと思うのだが、この考えですら反対されそうだ。

 

 

一方、再生可能エネルギーの活用がいろいろ言われている。太陽光発電、風力発電、波動発電、バイオマス利用などがそれで、たくさんの選択肢があるように見える。しかし、今挙げたエネルギーはすべて太陽エネルギーの変形でしょう。したがって、太陽エネルギーがどのくらいのものかということを考えないといけない。
たしかに、太陽エネルギーは膨大だが、面積当たりのエネルギー密度は小さい。国土の狭い日本は不利でしょう。しかも、夜間や曇天・雨天の日は利用できない。平均すると日照時間は 1 日あたり 4 時間しかない。
風力、波動、バイオマスに至っては、太陽エネルギーの利用率が極めて小さい。風や波を起すのに使われる太陽エネルギーは0.2%、バイオマスに変換されるのは0.1 %に過ぎない。
だから、再生可能エネルギーに過大な期待をかけるのは間違いではないだろうか。

 

 

もう一つの課題は、Energy Payback Time (EPT)という問題だ。たとえば、太陽電池を作ると言っても、黙っていれば電池になるものではありませんね。太陽電池を作るにはエネルギーが要る。珪素を採掘し、精錬し、純度を上げて半導体にし、電池に仕上げるというトータルの工程で使用したエネルギーを、次は太陽電池自身が発電することによって返していくことになる。その返却にどのくらいの時間がかかるのかを EPT と呼んでいる。これが、人によって見積もりが大きく違うから判断に迷う。ある人は数年で返せるといい、一方では20 年かかるという人もいる。もし、太陽電池の EPT が20年だとすると、その期間は、太陽電池はむしろエネルギーの消費者ということになる。EPT が実際、何年ほどなのか、それぞれの発電手段に対するきちんとした議論が望まれる。

 

 

原発問題を考えるとき、以上のような要素をすべて考慮した上で判断しなければならない。ところが、危険という側面からだけで原発に反対し、じゃあ、電気代が上がってもいいかというとそれも反対だという。
私は原発は続行すべきだということをここで主張しているのではありませんよ。あらゆる側面を検討して、反対・賛成を言っているのかどうかということを問うているのです。マスコミは国民がきちんとした判断をするために必要なデータをすべて出しているのかということを問題にしているわけです。あの絵がアインシュタインにもモンローにも見えるように、いろんな見方をしないといけないということをマスコミは伝えるべきでしょう。

 

 

火力発電にも天然放射能放出の問題はあるし、化石燃料の枯渇の懼れもある。風力発電にだって、低周波音の害が指摘された。バイオマスの利用も炭酸ガス排出の問題は避けられない(地球温暖化=炭酸ガス主犯説と取るとしてだが)。
フランソワーズ・ジロー『ピカソとの生活』(文春文庫)にピカソの言葉として次のような警句が紹介されている。また、アインシュタインの登場です。

 

 

あらゆる肯定的な価値には否定的な条件で価格がつく。だから、きみはどんなに偉大なものをみても、ある点ではそれは同時に怖しいものなのだ。アインシュタインの天才がヒロシマを生む。

 

 

だからと言って、アインシュタインを否定することは出来ない。


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