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西研コラム

〈第23回〉憂あり新酒の酔に託すべく(夏目漱石)


2017年8月30日

人を満足させるには大変な学が要る。ワインなら少しですむ(ペスタロッチ)

 

 

人はどんな時、酒を呑むのでしょうか? よく言われるのは、① 嬉しいことがあったから呑む、② 哀しいことがあったから呑む、そして、三番目がもっとも重要なことだが、③ 何も理由がないから呑む、この三つということになる。

私もそういうわけでよく酒を呑む。とは言ってもたかだか週 7 日しか呑まないのだが、他人には「よく呑むやつだ」と思われているらしく、「休肝日を作ったほうがいいよ」と常々言われる。そこで、週一日くらいは酒を呑まないでおこうと決めたのだが、そうは言っても付き合いというものがあるので、それを守りきることが難しい。そこで、「前倒し」ならぬ「後倒し」をやることにした。つまり、今週はやむを得ぬ仕儀により休肝日を設けられなかったら、翌週には 2 日間の休肝日を設定するというやり方を採ることにしたという次第。

その結果、「後倒し」がどんどん増えてしまい、貯まりに貯まった分を返すのに、週 2 回の休肝日方式にしたとしても、数十年はかかりそうだ。だから、100 歳くらいまで生き永らえないと精算できない。せいぜい長生きしなくちゃならない。

 

 

私の場合は、家で呑むよりも出先で呑むことが多い。傾向としては、いろいろな店に顔を出すというのではなく、気に入った店に入り浸ることになる。これは、山口瞳と同じ習慣だ。彼は、「私は、地方都市に限らず東京でも、ここと決めたら店を変えない。だから多くの店を知ることはないが、どこの店とも親類づきあいのようになってしまう」と書いている(山口 瞳『行きつけの店』)。柳原良平も「山口瞳さんは、“これ”と思ったらなかなか変えないんですよね。行きつけの店を」と言っている(KAWADE 夢ムック『山口瞳』河出書房新社)。まったくそのやり方が一番だと私も思っているし、そのように行動している。

私の行き付けの店で、「オレが酒を飲むのは何もかも忘れるためだ」というような話をしたら、「そういうことなら、前払いでお願いします」と言われてしまった。

 

 

私の最初の行きつけの店は、地元の横浜にあった蝦夷料理の店だった。札幌に住んでいたことがあるので、懐かしく思って行ってみたのが始まりだった。北海道から直送してもらっているという蝦夷ならではの新鮮な魚介類が美味しく、10 年ほど通ったが、40 年ほど前に残念ながら閉店してしまった。

そこで、新たに開拓したのが日本橋人形町にある寿司屋で、ここは開店当初から通っているので、35 年近く通い詰めていることになる。東京商工リサーチの定義では、創業以来 30 年間存続すれば老舗と称してよいそうだから、この寿司屋も立派な老舗と言える。

そもそもは、会社の同僚の従兄弟が親方だという縁で行き始めたというのがそもそもの経緯だ。いま「親方」という言い方をしたけれど、寿司職人に対してはある種の言われ無き差別のようなものがあるようで、料理人の世界では彼らは板前とは認められていないらしく、板長とか料理長、あるいは大将という呼ばれ方はされず、「親方」と呼ぶのが慣わしだそうだ。

人形町は築地に近いので、親方が毎日、自ら仕入れに行って、自分の目で良しと判断したものを入れているから、味に間違いはない。しかも、私は長い間通っているので、親方は私の好みを分かってくれていて、前もって行く日を知らせておけば、私の好きな酒の肴や寿司のネタを仕入れておいてくれる。たとえば、生きたマボヤなんて言うのがそれ。寿司屋でホヤを食べるなどというのは道にはずれていると言われるかもしれないが、酒にはぴったりの肴ではないだろうか。もちろん、ホヤは新鮮でなければならないから、生きたものを仕入れてくれる。ホヤが古くなると、強烈な匂いがして食べられたものではない。

 

 

話はちょっと逸れるが、私のクライアントにイギリスの会社がある。そこの CEO(もちろんイギリス人です)が知日家で、彼が来日するとこの寿司屋に案内して一緒に日本酒を酌み交わすという場面がよくある。彼は大抵の和食を好き嫌いなく食べるので、「これは勘弁してほしい」と頭を下げるものはないかと智慧を絞った挙句、ホヤはいくらなんでも無理だろうと思い、このマボヤの造りを親方に頼んで出してもらった。彼に説明するのに必要だからと、「ホヤ」は英語では “a sea squirt” だということを和英辞書で調べ、「sea squirt を知ってるか」と訊ねてみた。驚いたことに、「あれは新鮮なものは美味しいね。だけど、古くなるとは匂いがきつくてダメだね」と答え、出されたものを「Very good ! オイシイ」と言ってペロリと平らげてしまった。

話を戻せば、この寿司屋では季節の魚介類を美味しく食べることが出来るのが愉しい。初冬のコウバコガニ(セイコガニとも言う。ズワイガニの雌で、私はこれを“セイコちゃん”と呼んでいる)、春先のシロウオ(シラウオではない。シラウオはサケ科だが、このシロウオはハゼ科で、イサザとも呼ばれる。これをポン酢に入れて踊り食いにする。ただし、ポン酢の中に入れた途端に、酢が皮膚に滲みるのだろう、苦しがって暴れるから、小鉢から飛び出すことがあるので要注意)、7 月初め頃のごく短期間しか供されないシンコ(コハダの稚魚)など、思いつくままに挙げてみたがきりがないのでこのくらいで止めておこう。

 

 

行き付けの寿司屋のいいところは、森繁久弥が言ったという次の言葉(上前淳一郎『読むクスリ②』文春文庫)に言い尽くされていると思う。

すしの味は

たねとしゃりとさびと

親父の手あかにある

この「手あか」と言うのがミソで、私は「口によく馴染んだ握り具合」というように解釈している。

 

 

私は出張が多いので、よく出向く地方にも馴染みの店をいくつか作っている。その一つに京都市の居酒屋がある。もうかれこれ 15 年くらい通っている。四条烏丸から歩いて 5 分くらいのところにあって、新鮮な魚や「おばんざい」(京都の言葉で、「普段のおかず」という意味)を手頃な値段で食べさせてくれる。この店の特徴は、美味しいということは当然だが、お客の大部分が「大人」だということだ。学生とか若い客は喧しいから落ち着いて呑もうという客が迷惑すると考えた大将が秘策を編み出した。店頭に蹲(つくばい)風のものを置くなどして、いかにも「小料理屋でござい」というしつらえにしたのだ。この工夫により、大将の狙い通り若い人は敷居の高い店だと思って敬遠するらしい。だから、年輩の客に人気で、予約なしでは入れないことが多いくらいだ。

これだけの配慮をしている店だが、一度だけ大失敗をしたことがあると大将が嘆いていた。かつて「Hanako」という若い女性向きのファッション雑誌の取材に応じたことがあって、そこに紹介記事を書かれてしまったのだ。それからというもの若い女性客が殺到するようになったのだが、彼女らはあまり飲み食いせず、おしゃべりに興じて長居をする。だから、常連客が顔を見せても、「満席です」と言って断らざるを得ないケースが増えてしまった。どのようにして彼女らを遠ざけることに成功したのかは聞き漏らしたが、同誌には同じ小路にある飲食店もいくつか紹介された結果この店と同じような状況に陥り、何店かが倒産・閉店に追い込まれたという。

 

 

それはさておき、私がこの店を好むワケはいくつかある。一つは、上記のように静かに酒と料理が楽しめるということだが、もう一つは美味しい酒を置いているということだ。料理もリーズナブルな値段なので普通の日本酒を呑んでいれば、5000 円前後で楽しめる店なのだが、いい酒があると聞くとつい呑んでしまう私は、料理代と酒代を比べると酒の方が上回ることが多い。一合 1500~2000 円という酒を日替わりのように何種類か仕入れてあって、「西さん、今日は *** が入ってますよ」と勧められるとついそちらに走ってしまう。美味しいのだから仕方がない。「獺祭 23」(米の磨き度が 23 パーセントという意味)、「黒龍しずく」、焼酎の「十四代・鬼兜」なんかが代表的なもの。

料理も季節感のあるものが私は好きで、初秋の「いちじく胡麻酢餡和え」、秋が深まると出始める「蕪蒸し」「コッペ蟹」、初夏の「稚アユ(琵琶湖産)」などがメニューに載ると必ず頼んでしまう。ちなみに、コッペ蟹というのは東京では「セイコガニ」とか「コウバクガニ」と呼ばれているもの(東京の寿司屋のところで書いた)で、京都では山陰のものが食べられる。「コッペ」ってどういう意味かと大将に訊いたら、「小兵」と書いて「コッペ」と読ませているらしい。ズワイガニというのは大きいが、あれはオスで、メスは甲羅の大きさが寿司屋の醤油皿くらいしかない小さなものなので、小兵と言うのだろう。

初秋の松茸(焼き松茸、土瓶蒸しなど)、春先の筍、ワカサギの焼き物や天ぷら、フグの白子やフグの皮などもよく食べる。フグの皮は湯がいたものを細く切ってポン酢で和えてあるが、店では「てっぴ」と呼んでいる。昔はフグはよく中る(あたる)ことから鉄砲という異称を奉られた。だから、フグの刺身は鉄砲の刺身ということで「てっさ」と呼ばれるが、「てっぴ」も同様に鉄砲の皮、すなわち「鉄皮」の意味だ。

ウナギの白焼きも美味しい。それもそのはずで、この店では天然ウナギを使っている。この蒲焼きをバッテラ寿司にしたものも山椒が効いていて美味しい。私はこれを土産としてホテルに持ち帰り、翌朝に朝食として食べるのが常だ。ホテルのありきたりの朝食は、高いばかりで美味しくない。

 

 

もう一軒、紹介しよう。それは名古屋にある「炭焼割烹」を名乗る店で、ここも名古屋に出張すれば必ずと言ってよいほど世話になる。炭焼きを標榜してはいるが、名古屋における築地市場に相当する柳橋市場に近いので新鮮な魚もあって、肉や野菜を焼いたものとともに楽しむことができる。また、女将がワインのソムリエであり、日本酒にも意を用いているので、飲みものも納得できる。女将から、「西さんはワインと女性のどちらが好きですか?」と鎌をかけられたことがあるが、「何年産かによるね」と答えておいた。

長く通ったおかげで、大将が私の好みを分かってくれていて、メニューには載せていないちょっとした面白いものを供してくれるのも楽しみだ。たとえば、鮭児(けいじ)などがそれだ。産卵のために日本の海岸にやってくるのは普通は 3 歳魚くらいだと思うが、おっちょこちょいの若い魚がいて、当歳くらいで群に混じって日本近海にやってくるのが僅かだがあって、それを鮭児というのだ。知床から網走にかけて 11月上旬、中旬に漁獲され、脂が乗っている。脂肪率が通常のサケが 2 – 15% なのに対し、鮭児は 20 – 30% もあると言われる。だから、非常に旨い。漁獲量は普通の鮭 1 万匹に対して 1 – 2 匹程度だそうで、「幻の鮭」と呼ばれるのも当然だ。「鮭児」の遺伝子を解析したところ、日本の河川で生まれたものではなく、アムール川系だとのこと。このことからも、若気の至りで生まれ故郷を棄てて異郷の地に来てしまったということが分かる。

鮭児を使った寿司にこの店でお目にかかったことがあったが、寿司一貫で 1000 円もした。寿司ではなく刺身かなにかで食べてみたい。大将に訊いたら刺身でも OK だというので、その言葉に飛びついた。身に張りがあって、脂のほのかな甘さが美味しかった。

その他では、名古屋コーチンの白子なんてのもあった。雄の鶏は卵を産まないから普通は鶏肉をとるために精巣が成熟しない若いうちに肉にされてしまうので、白子というのは非常に珍しい。それを炭火で焼いたものを食べたのだが、魚の白子よりコクがあって美味だった。

名古屋は岐阜の長良川が近いので鮎も美味しい。北大路魯山人は『魯山人味道』(中公文庫)の中で、「頭や腸を除いて若鮎を食うような人は、鮎でなくてもよいだろうから、牛肉とでも取り換えてもらうがよい」と言っているように、香りの良い腸(はらわた)が上品な苦味があって美味しい。

野菜では赤茄子を焼いたものが柔らかくジューシーでほのかな甘みがあり旨い。熊本の伝統野菜で、ヒゴムラサキなどと呼ばれている。長さが 30 cm ほどもある大きな茄子で、これを一個食べるとお腹がいっぱいになってしまう。一般的にはトマトのことを赤茄子と呼ぶので要注意。広辞苑で赤茄子を引くと「トマトの異称」と書いてある。

この店の唯一の問題点(?)は赤茄子のようにほとんどの料理で一人前の量が多すぎること。値段はリーズナブルなのだが・・・・。だから、二、三人で来て、一人前をシェアして、多くの種類を食べるのがいい。

 

 

この拙文を読まれた方からは、「お前はいつも酒や食い物のことばかり考えているのか」と言われそうだ。まあ、そんなことを言わずにちょっと聞いて下さい。丸谷才一が『蝶々は誰からの手紙』(マガジンハウス)の中で次のような言葉を紹介している。「永井荷風は若い男たちに、夜、眠りにつくときは女のことを思つてはならない、明日は何を食べようかと思案するのがいい、と教へたといふ」(丸谷は旧仮名論者だったので、そのままの形で引用した)。つまり、食べることを考える方が健全なのだ。

酒だって無いと大変な事態になる。ロシアでは 1985 年にゴルバチョフ書記長が節酒令を出したことがある。ところが、その節酒令施行後は離婚する者がかなり増えたという。なにしろウン十年ぶりにシラフで女房の顔を見てショックを受けた手合いが多かったのだ(米原万里『ロシアは今日も荒れ模様』講談社文庫)。

 

 

そんな次第で美味しいものを食べ、旨い酒を飲んで一生を終わりたい。で、私が死んだら墓の上から「黒龍しずく」か何かをかけてもらいたいというような話を親しい友人にしていたら、「お安い御用だ。だけどオレの膀胱を通過させてからでもいいだろう」と言われてしまった。


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