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西研コラム

〈第26回〉「本」


2017年8月30日

最近の若い人達はあまり本を読まないようだが、次のような先生が担任だったら、本を読む学生も増えるでしょうね。

 
 

 学生「先生、また本を貸して下さい」
先生「ああ、いいよ。どの本?」
学生「この前お借りしたのと同じような本を・・・・」
先生「同じ著者の本かね? それとも同じテーマの本かね?」
学生「いえ。著者やテーマはどうでもいいんです」
先生「ほう・・・・?」
学生「この前の本には一万円札が挟んでありました」
阿刀田高『ブラック・ジョーク大全』(講談社文庫)

 
 

 私の担任にはこのような素晴らしい先生は小中高の 12 年間ついに現れなかった。それにもかかわらずなぜ自分は読書好きになったのだろうか。私は 4 人兄弟の二番目だが、兄弟のうち本をよく読むようになったのは私だけだ。父もまったく本は読まなかった。そんな家庭環境にもかかわらず、私が本好きになったのは小学校低学年の頃からだが、それは母の影響が大きかった。とは言っても、終戦後間もない頃のことだから、母も本を買ってきては読んでいたということはほとんどないし、私自身も本が買えるほどの小遣いを貰っていたわけではない。じゃあ、どんな影響を受けたのか。
母と雑談をしていると、時々、古典から引用したその場にふさわしいエピソードを披露してくれた。一番記憶にあるのはある冬の日のことで、その日の天気予報では午後には雪になるだろうと言われていた。降り始めたかどうかを見るためだろう、母は障子を開けながら「香炉峰の雪は簾を掲げて見る」と言ったのだ。これは『枕草紙』にある次のような逸話を踏まえているのだということをその時母から教わった。

 
 

雪のいと高う降りたるを例ならず御格子まゐりて、炭びつに火おこして、物語などして集まりさぶらうに、「少納言よ、香炉峰の雪いかならむ。」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほ、この官の人にはさべきなめり。」と言ふ。
(現代語訳:雪がたいそう高く積もっていたのに、いつもと違って御格子を下ろして、炭びつに火をつけて皆でお話をしていたときのことでした。中宮定子様が、「清少納言よ、香炉峰の雪はどうなっているだろうか?」とおっしゃるので、私(清少納言)は御格子を上げさせて、御簾を高くあげたところお笑いになられました。周りにいた他の女房も
「香炉峰の雪のことは私どもも知っておりますし、歌などに歌うことはありますが、このように御簾を上げようとまでは思いつきませんでした。あなたは定子様のお側につくのにふさわしい人だわ。」と言っていました。)

 
 

香炉峰とは、中国,江西省廬山(ろざん)の山中にある山の名前で、南北の二峰がある。雲気の立ち上る様が香炉に似ているのでそんな名前がついたのだという。白居易が「香炉峰の雪は簾(すだれ)をかかげてみる」と詩に詠じたのは北香炉峰で、清少納言の上記のエピソードは白居易のこの詩を踏まえたものだと母が教えてくれた。
小林一茶の『父の終焉日記』に書かれている次のような逸話も母から聞かされたことがある。病床の一茶の父が「ありの実一つとうべたき(梨の実を食べたい)」と言ったのだが、季節が真冬のこととて、一日中探し回ったが結局手に入れることが出来ず、涙したというのだ。これに似た話しが三国志にあるのだそうだ。

 
 

呉の孟宗は幼少時に父を亡くしたため老いた母の世話を一人でしていた。その母が病気になり、冬のある日、筍が食べたいと言い始めた。孟宗は雪に埋もれた竹林に行ったのだが、そんな冬に筍があるわけがない。彼が天に祈りながら雪を掘っているとあっと言う間に雪が融け、土の中から筍が沢山出て来た。親孝行が天に通じたのだ。孟宗は喜んで筍を家に持ち帰り、温かい汁物を作って母に与えると、病気も癒えたという。現在、筍として市場に出ているものの大部分は孟宗竹という竹のものだが、その名前はこの故事から来ている。
このように、小学生の頃から清小納言や小林一茶の話を聞かされて育ったというのは珍しいことではないだろうか。その他、土佐日記とか伊勢物語、蜻蛉日記なども母の話しの中に出てきたことを思い出す。
明治以降の文学についてはどうだったんだろうか。母が話題にしたのは第一に樋口一葉だった。『たけくらべ』の冒頭の「まわれば大門の見返り柳いと長けれど・・・・」はよく聴かされた。
母の影響を受けて中学時代には、森鴎外の『阿部一族』『山椒太夫』『高瀬舟』、島崎藤村の『破戒』「嵐』、夏目漱石では『坊ちゃん』『三四郎』『こころ』などを読んだ。

 
 

高校時代に入ると読書範囲も広がって、海外文学も多読した。ヘッセの『車輪の下』、カミュの『ペスト』、『異邦人』、ドストエフスキー『罪と罰』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』等々、書き出したらきりがない。
『車輪の下』で思い出したが、ある書店でこの本をレジに持ってきて、「この本の上巻は置いてないんですか?」と店員に訊いた客があったそうだ。
 大学に入ってから読んだ本に『私の読書法』という岩波新書があって、何人かの人が自分たちの読書体験について述べていた。その中である人が「若いうちは、一ヶ月に一万ページ以上読まなければダメだ」と書いていたのに刺激され、よし毎月一万ページにチャレンジしてやろうと誓った。一日 300 ページ強を読破しなければならなかったが、ほぼ毎月なんとかそれをクリアした。
同じ頃、英語の教授が授業の中で「ルソーの『告白』を読んだことはあるかね?」と学生たちに訊いたが、一人として読んだという人はいなかった。それを見て教授は、「君たちは幸せだ。読まなければならない本がまだたくさん残っているのだから」と皮肉を言った。恥ずかしく思った私はすぐに『告白』を文庫本に見つけて読んだし、同じルソー著の『孤独な散歩者の夢想』も読破した。それとともに“必読書”と言うべき本がたくさんあることに気付かされた。
小学校時代に話が戻るが、通っていた小学校(名古屋市)の校庭の一角に二宮金次郎の銅像があった。世に伝えられている姿、背中に薪を背負い、手に持った本を開いて歩きながら読んでいるというもので、「寸暇を惜しんで勉強しなさい」という教えだった。
一昨年だったか、卒業後初めて(およそ 60 年ぶり)その母校を訪ねて、校内を一巡してみたが、その銅像は撤去されたらしくどこにもなかった。昨今のような道路状況の中では歩きながらの読書など事故につながる可能性も大きいし、歩きスマホも止めさせないと言っている手前、今や二宮金次郎も反面教師になってしまったようだ。

 
 

我々の時代には、歩きながらの読書まではしなかったけれど、通学、通勤の電車内では本を読むのは普通だった。今では車内を見渡すと、若い人の 7~8 割くらいはスマホをいじっており、そうでない人は居眠りを決め込んでいて、本を読んでいる若者にはほとんどお目にかかれない。
次のようなエピソードをどう思いますか? 文藝春秋編『心に灯がつく人生の話』(文春文庫)の中で江國滋が次のように書いている。
野球の長嶋さん。あの人が、もうだいぶ前のことですが、球界関係の大きなパーティに出席したらちょうどその直前に、タイトルは忘れましたけれど長嶋茂雄著という本が出ていたんですね。彼が会場に入っていったら、親しいスポーツ記者が目敏く見つけて駆け寄りました、「あ、チョウさん、どうもどうも。このあいだ出した本。あれ面白かったねえ」って言ったら、ご本人は嬉しそうな顔をして「あ、そう。じゃあ今度読んでみよう」って。
 自著さえ読んでいないなんて! もちろんこれはゴーストライターが書いたものなんでしょうが。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、こんなことでは日本人の智力は落ちる一方ではないだろうか。中学生を対象に調査した結果では、スマホの使用時間が長い生徒ほど成績が悪いという相関があったそうだ。

 
 

読書を妨げているもう一つの元凶はテレビだろう。アメリカではテレビは fool box とか idiot box と呼ばれているそうだが、たしかにテレビに噛り付いていると他のことは何もできない。資生堂の会長を務めた福原義春氏は多忙にも拘わらず、たいへんな読書家だそうだ。「どうして、そのように沢山の本を読めるんですか?」と訊かれた福原氏は、「ゴルフをしないから」と答えている。
私の現在の読書量は月 3000 ページくらいのものだから、若い頃の自分や福原氏の足許にも及ばないが、そんな状態でも、もし「どうしてそんなに本が読めるのか?」と訊かれたら、「テレビを見ないから」と答えるだろう。朝食をとりながら朝のニュースを見るなどという「ながら視聴」を除いて、テレビと向き合って見るというのは、週 5 時間もない。アメリカの小児科学会は、「子供のテレビ視聴は脳の発達に悪い影響を与えるから、一日 1~2 時間以内にしなさい」と警告しているほどだから、テレビの見過ぎはよろしくない。ハムレットも言っているではありませんか。“TV or not TV, that is a question.”と。
世界の大学ランキングというのがあるそうだが、直近のデータでは世界の上位 200 位に入っている日本の大学は 2 校のみだという。本も読まず、テレビやスマホにばかり噛り付いていたらそうならざるを得ないだろう。
 出久根達郎『人生の達人』(中公新書ラクレ)に書いてあったのだが、大隈重信は暇さえあれば読書をしていたそうだ。大隈は「永遠に美味な食べ物は知識である」と言ったという。出久根はまた、『作家の値段』(講談社)の中で、森鴎外がわが子に語ったという次の言葉を紹介している。「退屈することは恥ずべきことだよ。読むべき本がたくさんあるはず」。
冒頭に掲げたこの拙文の表題、「学を為す。故に書を読む」は、江戸後期の陽明学者・佐藤一斎の『言志四録』にある言葉で、「読書は学問のための手段だ」ということ。我々も、一斎の言葉を噛みしめ、大隈や鴎外を見習ってもっと本を読みましょう。長嶋になってはいけません。


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