HOME >  西研コラム >  〈第5回〉飯を便所に捨てる

西研コラム

〈第5回〉飯を便所に捨てる


2017年8月30日

9 月の中旬だったと記憶するが、昼食を摂りながらテレビを見るともなしに点けていたら、教育評論家(?)が妙なことを言っていた。学食や社食で昼食を食べる際、まあ、ふつうは仲間を誘って何人かが同じテーブルに着いて、オシャベリなどをしながら食べますよね。ところが、近頃では、なかなか友人が出来ない若い人が増えてきているそうで、そういう人たちが一人で食堂に行くと、「アイツは友達もいない暗いヤツだ」と見られかねない。それがイヤで、彼らはなんとトイレ(もちろん個室でしょうね)に入って臭い飯(?)を食べるんだという。

 

「またテレビが大袈裟なことを言って!」と思っていたら、それから 1 週間ほどした朝日の天声人語にまったく同じことが書いてあった。どうやらホントにこのような傾向が見られるらしい。

 

嵐山光三郎は、『素人包丁記、カツ丼の道篇』(講談社文庫)の中に次のように書いている。

詩人の稲垣足穂(西註:イナガキタルホ、1900~1977)は、飯を食べるのが面倒くさいから、
握り飯を便所に持っていって便器に捨てた。
どっちみちウンコになるんだから、その方が早いと言って途中を省略したのである。
トイレで食事をする若者諸君も足穂のようにすれば少しはサマになるのに。

 

上記の天声人語には、臨床心理学者の河合隼雄(カワイハヤオ、1928~2007)の体験が紹介されていた。彼が大学で教鞭をとっていた時のことだと思われるが、ある新入学の学生から「努力したけど友だちができない」という相談を受けたという。それを聞いた河合は非常に驚いた。なにしろ、入学後一週間くらいしか経っていない頃の話で、たった一週間の努力で友人ができるとその学生が思っているらしいことにびっくりしたのだ。一週間で友人が出来ないからと言って挫折しているようじゃねえ。

 

最近では友人が作れないからと、せっかく合格した大学を中退する学生も増えているそうで、大学でも「友だちづくり」の手助けを始めたところがあるという。こんなことまで大学で教えなきゃならない時代になったのか! そのうちに「箸の持ち方・使い方講座」なんているのが大学で開講されるかもしれない。なんせ、近頃の若い人の箸の持ち方と来たら・・・・。

 

私は R&D に永年携わってきたが、人との付き合い、つまり、広範な「人脈つくり」が非常に大事だということが身に染みている。だから、人事担当者には、便所で飯を食うようなヤツを採用してほしくない。
昔の研究者は自分の専門領域内の人たちと付き合っていれば事足りていた。私の専門である電池の研究開発だったら、電気化学の分野の人との接点があれば以前はそれで十分だった。しかし、最近の電池、たとえば、リチウムイオン二次電池を例に挙げると、電気化学の知識さえあればすべて OK というわけにはいかない。正極にはセラミック、負極にはカーボン、電解液には有機化学、セパレーターやバインダーには高分子化学、集電体には金属工学というように、広範な知識が要求される。

 

ロケットの研究開発で有名な糸川英夫(1912~1999、ちなみに、先ごろ話題になった小惑星探査機「はやぶさ」が目指した Itokawa は糸川博士にちなんで命名されたもの)によると、現代が求めている「開発型人材」は「ロータリー・スイッチ型人間、つまりたくさんのチャンネル、情報および情報源を持っていて、必要に応じて切り換えていける人材である」ということになる。そして、そのためには「自分の専門分野以外のことを積極的に勉強すること」、たとえば技術系の人だったら人文科学や社会科学を勉強することが必要であるという。また「自分とは違った立場の人、異なった価値観の持ち主、専門分野の異なった人と積極的に付き合うこと」を勧めている(岩崎呉夫「糸川英夫・・・逆転の発想の頭脳回路」プレジデント p.44、1981 年 12 月号)。

 

一方向にしか接点のない旧来型の研究開発者は、ロータリー・スイッチ型に対してナイフ・スイッチ型人間と言ってもいいだろう。トイレ飯派はナイフ・スイッチすら形成できないということか! 多接点を持たねばならないというのに、一つの接点すら作ることが出来ず、トイレで飯を食うなどという人物は、到底、R&D 人材としては受け入れられない。つまり、多くの人とのつき合いが出来ないと、R&D 活動もままならぬということだ。

 

最近は、携帯電話メールにたくさんの人を登録していて、それで満足している若者も多いと聞く。このような友人は「親とも」と呼ばれるようだが、「親とも=親友」かと思いきや、さにあらず、親指でつながった友だち、つまりメール友だちのことだという。「親とも」の数が多いから自分のはロータリー・スイッチ型だと威張っていても、こんな柔な接点ではすぐに導通がとれなくなってしまうだろう。

 

杉山幸丸著『進化しすぎた日本人』(中公新書ラクレ)によると、人は、1000 人から 2500 人までのサイズで「顔を覚えている」程度のつき合いが出来、その中で密度の高いつき合いが可能な範囲は 125 人から 200 人ぐらいだそうだ。従って、これからも、接点の数をどんどん増やしていっても大丈夫。まだまだ、余裕はあるようだ。

 

ロシアに次のようなジョークがある。「一人からアイデアを盗めば、剽窃であり、多くの人からであれば、科学的研究となる」(さとう好明『ロシアのジョーク集』東洋書店)。だから、接点をたくさん作って、大勢からアイデアやヒントを貰えば、ユニークな R&D 成果が出せるだろう。

 

兼好法師は、良き友を定義して次のように言っている(『徒然草』)。「よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師(クスシ)。三つには、知恵ある友」。
私は、「物くるる友」ではなくて、「アイデア、ヒントくるる友」としたい。


セミナー&お知らせ