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西研コラム

〈第6回〉天下の素浪人


2017年8月30日

最近、国勢調査がありましたね。そのとき困ったのは、職業欄になんて書いたらいいのかということ。およそ 40 年働いた会社を辞してもう4 年になるから、無職と書くべきか?
それとは別に、名刺の肩書きをどうするかという問題にずっと頭を悩ませてきた。私の知人で会社をリタイアした人たちはどうしているかというと、私同様にコンサルタント業を生業(ナリワイ)としている人が何人かいて、彼らは会社を設立してそこの代表となっているケースが多い。そういう人はいいですね。ちゃんと肩書きが書ける。ところが、私は、税理士の助言に従って、会社組織にしないで、個人事業主とした。会社にすると無条件で稼ぎの5%を事業者税として持っていかれるから損だと税理士がおっしゃるからだ。
で、私はいろいろな企業、大学、地方自治体などから仕事の依頼があればそれをこなしているのだから、言ってみればフリーターということになる。「ある時は技術コンサルタント、またある時は大学非常勤(非常識?)講師、しかしてその正体は?」まるで、多羅尾伴内だねこれじゃ(ちょっと古いですか?片岡知恵蔵主演で人気があったシリーズ映画の決め台詞)。
最近読んだ本に、日本エッセイスト・クラブ編『ネクタイと江戸前』(文春文庫)というのがある。エッセイを60 編ほど集めたものだが、それぞれの執筆者の肩書きに「前**」「元**」というのがいくつかあった。主婦という肩書のものも多かった。新聞の投書にしてもこの種のエッセイの寄稿にしても、氏名・年齢・職業を書くというのが普通だが、「主婦」というのが職業なのかどうか。「無職」とすべきなのではないのか。
そう言えばこの間読んだ、パオロ・マッツァリーノ『つっこみ力』(ちくま新書)という本に、肩書きの話があったことを思い出した。
投書する際に無職と書くことに抵抗のある見栄っ張りがたくさんいることはわかりましたが、彼らが取る手段としてもっとも多いのは、なにかわかりますか。これがじつは、「元なになに」という肩書ですなんです。平成 7 年だけで80人あまりの投稿者が元なになにと名乗って掲載されています(朝日新聞の投稿欄)。そのなかでも一番多いのが、元教師・元校長で、29人いらっしゃいました。・・・・
この事実に気づいたのは私だけではなかったようで、平成11年の4月に、「無職とはなぜか書けない、元教師」というスパイスの効いた投稿川柳が掲載されているんです。
私もいっそのこと、「元**」を使おうか。「元小学生」「元中学生」とかね。これでも決して間違いではないでしょ?ちゃんと小中学校を卒業してるんだから。
総務省が「日本標準職業分類」という文書を出していて、それには「職業を区分し、それを体系的に分類したものであって、公的統計を職業別に表示する場合の統計基準である」と書いてある。国勢調査のような場合には、まさに「公的統計を職業的に標準する場合の基準」を用いるべきだから、私もこれに従って自分の職業を決めようと思い、斜め読みしてみた。
それによると、まず「主婦」が職業かどうかという問題だが、「自分が属する世帯のため、家事や家庭菜園の作業を行う場合」は職業に当たらないと書かれているから、「主婦」は職業ではありませんね。ただし、職業分類一覧表には「家事手伝い」というのがちゃんとあり、これは職業とみなされている。仕事もなく嫁にも行かず、家でゴロゴロしている娘は家事手伝いという立派な職業に就いていることになる?分類表には、報酬は現物支給をも含むとあるから、親から3食の供給を受けているのを現物支給と考えれば、家事を手伝うことの対価とみなされるのか。
先ほど書いたように幾つかの顔を持つ多羅尾伴内的である私に対しては、次のような基準で職業を書けと、この分類表は言っている。
a) 報酬の最も多い分類項目による。
b) a により難い場合は、就業時間の最も長い分類項目による。
c) a 及びbにより難い場合は、調査時点の直近に従事した仕事による。
お役所の文書は分かり難いけれど、この「より難い」というのは「拠り難い」と解釈すれば、フリーターである私は、報酬や就業時間が似たり寄ったりのものがほとんどだから、cに拠るしかない。となると、毎日職業が変わっていることになる。「ご職業は?」と訊かれたら、「昨日は何をしたっけ?」と記憶をたどらなければならない。名刺の肩書きも何通りも用意して、毎日違うものを使わなきゃならないのか?知人で定年退職をした某氏は、自身の名刺に「天下の素浪人」と書いている。私はフリーターと書こうかと思ったが、総務省の分類にはその職業はない。「浪人」もないけどね。だから私は肩書きのない、名前と自宅住所だけの名刺を作って、それを使っている。
ところが、「銀座百点」という小冊子(2007年10月号)に、加藤仁、嶋丈太郎、宮本文昭の鼎談「人生を2倍3倍楽しむ法――定年というのも悪くない――」が載っていて、次のようなエピソードが語られていた。

 

加藤  私もなににも属していない人間だから、肩書きのない名刺を渡すと、相手に怪訝な顔をされることもあります。
  友人の話なんですが、「自分が出会った人の中で、名刺を出さない人は二人しかいなかった」と言うんです。・・・・一人は長嶋茂雄さん。
宮本  あの人はいらないでしょうね。もう一人は?
  昭和天皇です。

 

肩書き抜きの名刺を使うと何だかご大層なヤツだと思われそうだ。
ちなみに、総務省の分類表には「会社員」というのはないから、「元会社員」はダメだということになる。そう言えば、分類表の最後に「分類不能の職業」というのがあった。これからは、これを肩書きに使おうかな。

 


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