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西研コラム

〈第14回〉情報の確度


2017年8月30日

福島第 1 原発 2 号機で、容器底部の温度が上昇し続けているという“事件”の報道を見て、思い出したのが次のジョーク。

 科学博物館のガイドが説明した。

「こちらの恐竜をご覧ください。このステゴザウルスは死んでから、1億 3600万 36年経っております」

「これは驚きだ!まあ、よくもそんなに正確に死んでからの年数が判るもんだ!」
「いや。わたしがここへ就職したときに、古生物学者が説明してくれたんですよ。『このステゴザウルスは死んでから1億 3600万年経っている』って。早いもので、わたしは今年で勤続36年になります」

野内良三、稲垣直樹『フランス・ジョーク集』(旺文社文庫)

 

 

ラフな数値と厳密な数値というものの本質が分かっていないとこのガイドみたいなことが起こる。このジョークのガイドは1.0 と1の違いを知らないのでしょう。つまり、有効数字の問題です。1.0という時は、小数点以下1位までは数値が確かだということだが、1 だけだと、小数点以下は不確かだということになる。1.2かもしれないし、1.4かもしれない。“1億 3600万年”ということは、10万年の桁はあやふやということですよね。そのつもりで、数字を判断しないといけない。

 

 

最近の福島原発の報道を見たり、聞いたりしていたら、温度計の一つが、73.9℃ を示しており、容器の底の一部の温度が上昇をけているというようなニュースが毎日ように登場していた。この報道を見ると、小数点以下1位まで、つまり1/10℃まで測定出来る精密な温度計が使われていると考えるのが普通ですよね。

 

 

ところで、この原子炉は低温停止状態、つまり炉温100℃以下になっているはずで、最高温度が80℃を超えたら危険だということになっている。私は、80℃というのは、本来は100℃というのが低温停止の下限界温度だが、安全マージンを見て80℃と設定したのだと思っていた。ところが、違うのですね。使用している温度計の誤差が最大20℃ あるからだという。つまり、80℃という測定値が出ても、100℃かもしれないので、限界温度設定値を80℃としたということなんです。

 

 

そうすると、先ほどの73.9℃ というのは何なのだ、ということになるでしょう? こんな ±20℃ というようなラフな温度計を使っていて、少数点 1 位までの値を信じてそのまま発表するというのは、何も分かっていないんじゃないかこいつらは、と思わざるをえない。73.9℃ が 1 日後に 75.2℃ になって、危険領域に迫っていると言っても、何の意味もない(具体的な温度は記憶にないので、いい加減に書いてます、お許しを)。20℃も誤差がある温度計が、73.9℃を示しても、ありそうな温度は93.9~53.9℃だということでしょう(“95~55℃くらい”と言うほうがいいかもしれない)。

だから、発表するなら、「測定した結果、温度は約70℃ほどでした」としたほうがまだ気が利いている(厳密にはこれでも、奇妙なデータの読み方だけれど)。

こういうデータを発表するほうもするほうだが、それを無批判に受け入れ、そのままそれを公開し、「低温停止とした政府の発表はおかしかったのではないか」としたマスコミもどうかと思う。新聞だって、テレビだって、科学部のようなセクションがあるでしょうが。そういう部署は、こういうデータの扱いにチェック、今流行の言葉で言えば「突っ込み」を入れないのだろうか?

この原子炉の温度上昇の話、最後は、「実は温度計が壊れておりました」という発表になり、まるでよくできた笑い話みたいだった。

 

 

似たような話は、実生活でもしばしば起こる。どの程度の有効数字があると考えていい話なのか、つまりどの程度の確実な話なのかを判断しないと、当てが外れて、何だこれは、ということになりかねない。

奥田英朗『用もないのに』(文春文庫)に次のような下りがある。中国・北京での経験だそうだ。

 

 

ホテルに食堂がないので(信じられないだろう?)、Y氏と外へ。なるべく歩くのは避けようと、近くてもタクシーで王府井まで出かけた。午前10時開店のデパートに入り、レストラン街に向かうも、店内には電気がついていない。どうやら10時開店というのは、店が開くのと同時に、従業員が出勤してくる時間なんですね。 

 

 

この話は2008年のことだそうだから、ごく最近のことなのだ。実は、私も昨年、似たような経験をした。場所は深セン。Shenzhen International Lithium-Ion Battery Summit というリチウムイオン二次電池をテーマとする国際学会でのこと。

開会式の冒頭、スクリーンにいきなり中国軍の空母の写真が出てきたのには驚いた。電池と何の関係があるんじゃ、と言いたいところ。国威を示したかったんだろうか(下の写真は、その時の写真。慌てて撮ったものだから、下に出席者の頭の先端が入ってしまったが、お許しを)。しかし、ここで言いたいのはそんなことではない。

中国軍の空母
私はこの学会で基調講演(Keynote Speech)を頼まれており、開会式直後に喋らなければならなかった。8:30スタートというから、相当早い開始時間だった。遅れてはならじと、朝食もそこそこに駆けつけ、すぐに定時近くになったので、控え室から会場に入った。ところが、会場では、作業者が演壇にマイクを設置したり、アンプの調整を始めたところ。プロジェクターもまだ動作確認中で、絵が映らない。まさに、『用もないのに』に書かれた通りのことが起こっていたのだ。8:30に学会スタートということは、8:30に作業者が出勤してきて、用意を始めるということだった。

 

実際に私が登壇できたのは、9:00頃だったかな。国際学会だから、日本、韓国、欧米から大勢の参加者がいて、時間に煩いというような状況だと思うのだが、この体たらくだった。

最初から“中国時間”が分かっていて、±30分、いや、-30分という有効数字だと分かっていたら、ゆっくり朝食を愉しんできたのに。

初日だけじゃなく、会期中ずっとこんな調子だった。中国が近代化し、大国になってと言っても、まだ、こういう遅れた感覚が残っている。

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