EHS総合研究所

Share

〈EHS総合研究所 コラム3〉カーボンプライシングの効果と影響


2021年4月20日

EHS 総合研究所
所長 則武祐二

「カーボンプライシングの効果と影響」

カーボンプライシングは、二酸化炭素排出削減に効果的な制度か、経済に

どのような悪影響を及ぼすのか?

 

 

背景
カーボンプライシングの制度に関する議論は、日本でも長く議論がされています。思い起こせば、私が、環境省が設置した「排出量取引制度検討会」の委員になったのは、2008年3 月でした。当時は産業界で賛成意見を述べることは批判もありましたが、経済同友会代表幹事の桜井正光(当時リコー会長)はカーボンプライシングの必要性を訴えており、その推薦で私は委員になり、制度設計次第で影響が異なるものの必要があるとのスタンスで発言していました。それから13 年が経過し、最近はJapan-CLPiのように、産業界からもカーボンプライシングの導入を求めていますii。現在は、中央環境審議会地球環境部会の「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」iiiにおいて、検討が進められています。しかしながら、今年の4 月2 日の第14 回委員会においても、産業界の反対のためか、「カーボンプライシングを検討する目的と方向性」が示されるなど、実施を前提とした検討には至っていないようです。
日本も2050 年にカーボンニュートラルを目指すことが決まり、4 月22 日には菅首相が、温室効果ガスの排出量を2030 年に2013 年比で46%削減を目指すことを表明しました。2030 年までに残された時間は少なく、温室効果ガス削減に有効な手段として、カーボンプライシングは早期に進められることが望ましいと思います。カーボンプライシングにより、温室効果ガスの排出によって便益を受けている人が費用を負担し、排出につながる行為を改めるべきだと思います。
このコラムでは、カーボンプライシングの制度に関する概要を示した後に、一部私見を示します。また、カーボンプライシングには、炭素税と排出量取引のように明示的なもの以外に、電力の固定価格買い取り制度やエネルギー課税のような温室効果ガス排出価格と直接連動しない暗示的なものがありますが、今回は明示的カーボンプライシングについてだけ述べます。

 

 

カーボンプライシングの目的と温室効果ガス削減メカニズム
カーボンプライシングの基本的な目的は、温室効果ガスの排出削減です。カーボンプイ
シングによる排出削減につながるメカニズムとしては、大きく分けて次の2つのメカニズ
ムがあります。
① 温室効果ガス排出に課せられた費用負担を減少させるよう、費用負担者が温室効果ガスの排出を抑制するよう行動する。
② 温室効果ガス排出に課した費用を、政府等が温室効果ガス排出削減の資金として活用し、その資金の効果によって排出削減を促進する。
カーボンプライシングは、温室効果ガスの排出は気候変動等による社会費用の増加を、原因者である温室効果ガス排出者または排出によって便益を受けるものが負担することが前提となります。その前提の中で、前者①のメカニズムが機能するためには、費用負担者が負担を十分に実感し、削減施策に要する費用より高い価格設定が必要となります。費用負担者にとっては、新たな費用負担となるため経営への影響もあるでしょうが、時限的な費用負担の減免や削減施策に対する費用補助などにより経営負担を軽減することは考えられます。また排出に課した費用は、温室効果ガス排出削減とは無関係な用途に利用することが可能で、国の借金増につながる社会福祉の財源とすることも可能です。後者②のメカニズムは、政府等が主体性を持って、日本の中で温室効果ガス排出量が多く、費用対効果の高い温室効果ガス排出削減施策を実施できます。しかし、選択を政府等が行うことになり、温室効果ガス排出事業者の主体性を損ねることが懸念されます。政府等が実施する施策については、費用対効果の高い施策を確実に実施していくためには、人員や管理上、多くの施策を実施することは難しいことが予想されます。ただ、施策に見合った費用を徴収することとなるため、排出者の費用負担は限定的なものになるでしょう。

 

 

炭素税と排出量取引制度
炭素税と排出量取引制度の概要を示しますが、対象となる温室効果ガスの排出量としては、いずれの場合も化石燃料の燃焼に伴う二酸化炭素が対象となります。また、発電に伴う温暖化ガスの排出を、発電された電力量に応じて、排出量として対象とされることもあります。

① 炭素税政府が、あらかじめ定めた温室効果ガス排出量に応じた税額を、税金として国に納める制度です。排出量に上限を設けるものではないため、排出者の判断で税負担を増やせば排出量が増やすことが可能になります。
② 排出量取引制度
政府が、あらかじめ国の排出量目標に応じた排出量を、制度の対象者に排出権として割り振り、対象者は実際の排出量が割り振られた排出権よりも多い場合は、排出量取引により他社から購入して対応します。対象者は割り振られた排出権より、実際の排出量が少なくて済む場合は余剰分を排出量取引により他社に売却することができます。価格は取引により決定されます。ただし、英国CRCiv制度のように、政府は排出枠を割り振らずに、対象者は実際の排出量に応じた排出枠を排出量取引により調達し、政府に納める制度もあります。

 

 

制度に対する考察

(1)徴収方法と費用負担者
背景に記載しましたが、カーボンプライシングでは、温室効果ガスの排出により便益を受けている人の行動が変化し、温室効果ガスの排出削減につながる必要があります。炭素税の徴税は、化石燃料が輸入者および生産者から行うのが仕組みも簡素で、徴税コストも安く済ませることができます。しかしながら、炭素税の目的は排出者が炭素税価格負担を軽減するために、化石燃料の使用量を減らしたり、温室効果ガスの排出量が少ない化石燃料に代替することにあります。そのためには、化石燃料の輸入者及び生産者は、炭素税額を、適正に明示的に価格転嫁を行うことが望ましいでしょう。価格転嫁を義務付ける必要があるかもしれません。
排出量取引制度においても、化石燃料を燃焼する直接排出者を対象者とし、電力に関しても直接排出する発電事業者を対象とすることが、排出量取引の参加者数が少なく、制度設計・管理コストも少なく済みます。しかしながら、発電事業者や大口の直接排出者である素材生産者に対して、排出枠を設定し、発電量や素材生産量を制約することは、市場を混乱させることになります。電力使用者や素材の利用者が温室効果ガス排出削減を、カーボンプライシングによる経済的な効果も認識し、自主的に大幅な行動変革を促すことが望ましいでしょう。そのためには、排出量取引制度においては、間接排出者となる大口の電力利用者を対象にした方が良いと思います。素材生産の際の直接排出に対しては、排出量取引制度よりも炭素税の方が望ましいのではないでしょうか。

 

 

(2)カーボンプライシング導入による消費への影響

カーボンプライシングによる最終商品の価格への影響を自動車で考えてみます。自動車の製造時の二酸化炭素排出量は、産業構造審議会自動車WG の資料では、日系メーカーによる北米での製造では0.54t-CO2/台と記載されています。使用される素材の製造時の二酸化炭素排出量は、自動車1 台の重量を約1t とし、材料1t 当たりの二酸化炭素排出量を鉄と同等に2t-CO2/t 程度と考えると、自動車1 台の価格に転嫁される二酸化炭素排出量は約2.5t-CO2/台となります。炭素税が非常に高いとされるスウェーデンで、約15,000 円/t-CO2 ですので、同程度の炭素税を課税し、すべて価格転嫁されたとしても、37,500 円/台です。消費税や重量税などと比べると、大きな影響はないのではないでしょうか。炭素税を一般財源化し、消費税減税の財源化すれば消費への影響は、ほとんどないでしょう。また、日系メーカーの自動車製造時の二酸化炭素排出量は、北米や欧州メーカーに比べて少ないとされていますし、鉄鋼などの素材製造においても日系メーカーの排出量は少ないとされています。国際的に同等の炭素税が課税されれば、日系自動車メーカーにとっては有利に働くでしょう。個々の商品によって影響は異なるでしょうが、適切に価格転嫁され。国境措置が行われれば、消費への影響は少なく、環境技術が進んでいる日本にとってはプラス面もあり、カーボンプライシングを否定的に考えなくても良いのではないでしょうか。

 


i Japan-CLP 組織概要 | JCLP | 日本気候リーダーズ・パートナーシップ (japan-clp.jp)
ii 20200625_jclp_statement.pdf (japan-clp.jp)
iii 環境省_中央環境審議会 地球環境部会 カーボンプライシングの活用に関する小委員会 (env.go.jp)
iv 英国CRC(Carbon Reduction Commitment:炭素削減コミットメント)

キャリアパートナーズ

お問い合わせCONTACT