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西研コラム

〈第4回〉地震火災の意外な伏兵 


2017年8月30日

ベックジハップの法則というのがある(アーサー・ブロック「マーフィーの法則」アスキー出版局)。この法則を数式化すると“容姿×頭脳=定数”となり、その意味するところは、「美人は頭が悪く、頭脳明晰な人は不細工」だと言うのだ(私の意見ではありませんよ、念のため)。
美人だとか美人じゃないとかいう話は多分に主観的な問題だから、どうでもいいことだが、同じ「美」と「醜」でも次のような話(阿刀田 高「魚の小骨」集英社文庫)となると看過できない。

 

日本人について、あるイギリス人が言っている。
Sensitive to beauty, but insensitive ugliness.
つまり、美しいものには敏感だが、醜いものには鈍感なのである。
京都の庭園に感動した後、そのすぐ近くにごみがたっぷりと捨ててあったりして・・・・

つい最近、私自身、このことを思い知らされ、残念な気持ちになった。私は 8 月 7 日に知人に誘われ、長良川の花火大会を見物するために岐阜市に出かけた。この催しは地元の岐阜新聞社の主催で、翌日の同紙によると、3 万発の花火が打ち上げられ、30 万人の見物客で賑わったそうだ。
われわれは、屋形船を借りて鵜飼見物と花火の両方を楽しんだが、長良川には屋形船は 49 艘しかなく、舟遊びとしゃれ込んだ人は 30 万人中の 1280 人に過ぎなかったと新聞に書かれており、思いがけず豪遊(?)をさせて貰ったことになる。

 

このような望外の楽しみを得た翌日の朝、いつものようにウォーキングをと思い、せっかくだから長良川の河川敷を歩こうと考えついて、川原に出てみた。ところが、これが目も当てられない酷い状況。前日の見物客が、ペットボトルや弁当の空き箱、紙屑などを散らかしっ放しにして帰ったから、落花狼藉極まれりといった有様なのだ。まさに、insensitive to ugliness だった。花火や鵜飼を見物にきて、「わー、キレイ!!」と喜んでいた人たちが、平気でこのようなことをしていたのだ。

 

主催者はあらかじめこの事態を予測していたんでしょう(毎年のことだから?)。すでにボランティアを募ってあって、早朝 5 時頃には大勢の人たちが川原に出て、ゴミ拾いを始めていた。ウォーキングを終えて戻ってきた 6 時半頃にはすっかり元の美しい川原が復活していたのは多とするが、見物客が前日に自分でごみを持ち帰ればこんな手間は不要なのにと思った。ボランティアだからいいようなものの、何百人という人たちが集まっていたから、時給を支払うとしたら、たいへんな出費になる。

 

もう一つ付け加えれば、このボランティアの人たちは個人参加ではなくて、企業とか団体が申し込んでいたようで、年配の人などは熱心にゴミ集めをしていて、20 リットルくらいの大きなポリエチの袋が満杯になるくらいの働きぶりだったけれど、団体参加ということでしぶしぶ付き合いで出てきたと思われる人(つまり若い人)は、空っぽの袋をぶら下げて、雑談したり、携帯メールに取り組んだりしていたのが印象的だった。
ところが、化学実験室などでは整理整頓は無用だという人がいる。エジソンは、「整頓された実験室からは何も生まれない」と喝破した。ヒマだから整理整頓する時間があるというのだ。
ペニシリンを発見したフレミングには次のようなエピソードがある。以下は上前淳一郎(「道があるから迷う」文春文庫)を下敷きにして書きます。

 

フレミングはずぼらなところがある人で、実験に使った細菌培養皿を洗わずに放り出しておくことがよくあったそうだ。あるとき彼は例によって、一枚のブドウ球菌培養皿を始末せずに放置しておいた。後になって皿をのぞき込んでみると、ブドウ球菌が死んでいるではないか。調べてみると、たまたま皿にくっついた青カビの一種が、菌をやっつけたことがわかった。そして、この青カビがペニシリンにつながることになったのだった。皿を洗っておいたら、青カビは生えなかっただろうし、あの世紀の発見もなかったことだろう。

 

だとすると、われわれ実験に携わるものは、実験室をあまり片付けないほうがいいということになる。ところが、次のようなデータ(吉村 昭「蟹の縦ばい~薬品と車」中公文庫)を見ると、そうも言っていられない。
関東大震災の直後、専門家たちがそれぞれの分野で被害状況を調査し、今後の予防法について研究した。その結果は、「震災予防調査会報告」全六巻の大著として残されている。それによると、関東大震災における火災の第一の原因は、薬品の落下によるものであったというのだ。一般に、関東大震災が起った時刻が正午近くで、昼食の炊事をしていた七輪の火などが火災の原因と言われているが、最大の発火原因は薬品だった! 学校、試験所、医院、薬局等にあった薬品類が棚から落下し、発火した。特に学校の理科室からの出火が最も多かった。

 

また、永井龍男「わが切抜帳より、昔の東京」(講談社文芸文庫)によると、この大震災のときの火勢は、3 日間にわたって猛威をふるい、消失家屋 48 万数千戸、死者、重傷者、行方不明を合わせると約 8 万という数字が残っているが、直接地震による死者は、2 千人だったという。数字については異説があるだろうが、地震そのものより火災による被害者が相当多かったのは事実で、その火災の原因が実験室などでの薬品が原因だとすると、ここはエジソンには引っ込んでいて貰うしかない。

 

私自身の経験でも、薬品の転倒であわやという場面があった。若い女子社員が机の端にアルコールのビンを放置しておいて、それが机の下に転落し、間の悪いことに電源装置の上に落ちて壊れ、あっと言う間もなく、燃え上がってしまった。幸い、周囲にいた人たちが消火器で消し止めたが、周りに人がいなかったら、パニック状態に陥っていたあの若い女性だけでは消火は覚束なかっただろう。
関東のみならず、太平洋岸はいつ大地震が起こってもおかしくないと言われている。上記の吉村も指摘しているが、「地震の際は火の元点検を」という呼びかけもさることながら、出火原因の第一である薬品の固定励行が重要なのに、消防庁ですらそれを言っていない。先日の震災記念日の際に、ついぞそんな話は聞かれなかった。

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